高齢者の薬物投与 expert

高齢者の薬物代謝・排泄の特徴
投与された薬物は、血中で赤血球やタンパクと結合している状態と、
タンパクと結合していない遊離体との2つの形で存在する。そのうち
タンパクと結合していないで遊離体となった三だけが組織に移行して
効果を発揮することになる。したがって、薬効は投与量ではなくタン
パクとの親和性によって変化する。
薬物は胄から送り出された後に主に小腸で吸収されて門脈へ、そし
て肝臓で代謝され、最終的に腎臓の糸球体で濾過されて排泄される。
高齢者ではこれらの生理的機能が低下し、薬物の半減期の延長や血中
濃度の増大が起こりやすく薬効が強く出ることがある。また多くの薬
剤が併用されているため、相互作用にも注意を払う必要がある。

1)吸収
高齢者では冑のpHが上昇し、薬物の冑からの排出時間は延長する。
しかし、実際は加齢による薬物の吸収への影響は少ないと報告されて
いる。
2)代謝
加齢に伴い薬物の代謝機能は低下する。肝代謝型の薬物では血中濃
度が上昇し、薬剤の作用が通常成人より強く出る可能性がある。
3)分布
加齢による血清アルブミン値の低下により、薬物はタンパク結合し
ていない遊離体としての存在量が増加し、薬効や副作用が強く発現す
ることがある。とくに低栄養の高齢者への投与量には注意が必要である。
4)排泄
クレアチニン・クリアランス(Ccr)は25歳を過ぎると1年に約1%
ずつ低下する。健康成人のCcrは80~100mL/minであるが、70mL/
min以下で腎機能障害ありと判断される。したがって、65歳以上では
多くの患者で腎機能に問題がみられることになる。また、

高齢者では血清クレアチニン値が正常値でも腎機能が低下していることがあるの
で、それを考慮して

腎排泄型の薬物(アミノグリコシド系の抗菌薬等)
は最初から回避する。

さらに高齢者では非ステロイド系消炎鎮痛薬
(NSAlDs)や抗菌薬で薬剤性腎障害を発症しやすいので、投与量、投与期間は最小限に留めておくべきである。
●高齢者の服薬指導(服薬アドヒアランス)
アドヒアランスとは「患者自身が医療に責任をもって治療法を守
る」という考え方である。
我々が処方した薬物の服薬アドヒアランスを向上させるには、飲み
方だけでなく、患者に服用の重要性を理解してもらうことが必要であ
る。他科からの服用薬品数が多い高齢者の場合新たな薬物の服用は
大きな負担になる。
また、上肢や手指の運動障害、摂食・嚥下障害のある高齢者では、
患者のADLを鑑みて剤型等にも考盧が必要となる。経口薬だけでなく
軟盲や含嗽薬も同様である。
関節リウマチなどで手指の機能が低下している場合は、キャップの
開閉、チューブや容器からの薬物の絞り出しが困難なことがある。そ
のような場合には、薬剤師に対して自助具の使用を説明するように指
示する。
摂食・嚥下障害の患者、経管栄養や胄瘻の患者には薬剤を粉砕して
投与することになる。この場合は薬剤の安定性、投与量の換算、チユ
ーブの閉塞などの問題が生じるので、リスクの少ない薬剤の選択と投
与法を薬剤師と相談する必要がある。


●抗菌薬、消炎鎮痛薬を投薬する際の注意点
歯科で処方する機会が多い抗菌薬と消炎鎮痛薬についての注意点を
あげる。
ペニシリン系抗菌薬
①年齢を問わず過去にペニシリン系抗菌薬でアレルギー症状の既往が
ある患者には再投与を避ける。また、ペネム系やセフェム系と交差ア
レルギーを示す可能性がある。
②高齢者では腎機能が低下しており、ペニシリンの排泄が遅延し血中
濃度が上昇しやすいため、投与三の調整が必要である。
③とくに日常生活動作(ADL)が低下している患者では投与後に偽膜
性腸炎を発症しやすい。



セフェム系抗菌薬
①アレルギー、投与量の調整、偽膜性腸炎についてはペニシリン系と
同様である。汎用されているため耐性菌株も多く、多疾患を有し様々
な治療経験がある高齢者ではその頻度があがる。
②ワルファリンの作用を増強することがあり、経口摂取が困難で食事
が十分にとれていない場合は、さらにその頻度が増すので、ワルファ
リンが処方されている高齢者への投与は注意が必要である。


マクロライド系抗菌薬
①他の抗菌薬に比べて副作用が少ないので、高齢者でも処方しやすい
が、1マクロライド系薬クラリスロマイシン(クラリス、クラ
リシッドは、薬剤相互作用が多いため注意が必要である。
②肝排泄の薬剤なので、高度の腎障害がなければ投与量の調整は必要
ない。
③シクロスポリン、ワルファリン、テオフイリン等の効果を増強する
のでこれらを服用中の患者への投与には注意を要する。
④血中濃度が維持されやすいため投与回数が1日1~3回と薬剤に
よって異なり、とくにアジスロマイシンは服薬方法が大きく異なる。
したがって、高齢者では服薬指導を丁寧に行う必要がある。


非ステロイド系消炎鎮痛薬(NSAlDs)
①高齢者ではNSAlDs誘発性の潰瘍合併症は出血、穿孔など菫篤な症
状を発症しやすい。
②COX-2選択阻害薬セレコキシブ(セレコツクス)では、従来の
NSAlDsより潰瘍の発生率は低下する。骨髄炎、顎関節症などで長期
投与が必要な場合には適しているが、これらの疾患には保険適応外で
ある。手術後、外傷後ならびに抜歯後の適応がある。しかし、
COX-2選択阻害薬は虚血性心疾患のリスクを高めることがある。高
血圧、菫篤な心機能不全、冠動脈バイパス再建術の周術期、脳血管疾
患には禁忌である。
③慢性腎不全に対するNSAlDsの投与はできるだけ避ける。

処方例
■抗菌薬
【アモキシシリン(サワシリン、パセトシンなど)750mg分33日間】
【アジスロマイシン(ジスロマツク)500mg3日間】
■消炎鎮痛薬
【工トドラク(ハイペン)200mg分23日間】〔手術後、外傷後の適
応〕
【アセトアミノフェン(カロナール)600mg瘤痛時】
いずれも長期処方は避け、症状を確認しながら投与期間を調節する。
症状の改善が認められた時点ですみやかに投与を中止する。
注意点:痩せ・ADLの低下による基礎代謝舅、アルブミン値の低下、
糖尿病による易感染性、腎障害への配慮、除痛による経口摂取の維持
が必要。


’知っておきたい投薬・キーポイント
日本臨床薬理学会が提唱する高齢者の薬物療法の10原則
①薬の種類は最小限にする
②用法・用量は簡略にする
③用量は少なめからスタートする
④増減は緩徐に行う
⑤加齢による生体構成成分、生理的機能の変化を考盧する
⑥可能なかぎり薬物血中濃度を測定する
⑦併用薬とくに他診療科の処方に注意する
③対症療法薬は早期に中止する
⑨薬物相互作用に注意する
⑩副作用に対する忍容性の低下を考盧する

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