妊婦への薬物投与 expert

●妊娠中の薬物療法
ほとんどの薬剤は、母体循環から胎児循環へと単純拡散によって胎
盤をよく通過する。そのため妊娠中の薬物療法は胎児に与える影響
(催奇形性、胎児毒性)を考慮する必要がある。妊娠中に投与された薬
剤の胎児への影響は、妊娠時期と薬剤によって異なる。

1)無影響期(妊娠4週未満、排卵から2週間)
この時期、薬剤は胎児に後続的な影響を残さない(allornoneの法
則)。薬剤の影響があれば着床できずに流産してしまうか、あるいは
完全に回復して後遺症を残すことがない。残留性のある薬剤は注意を
要する。
2)絶対過敏期(妊娠4週から7週まで)
胎児の菫要な臓器が発生・分化する時期であり、奇形を起こすかど
うか最も過敏な時期である。薬剤投与は十分な検討のうえ慎重に行う
必要がある。本人も妊娠していることに気づいていないことも多い。
3)相対過敏期(妊娠8週から15週まで)
胎児の菫要な器官の形成は終了しているが、性器の分化や口蓋の閉
鎖はなお続いている。絶対過敏期より催奇形に関する胎児の感受性は
低下するが、催奇形性のある薬剤の投与はなお慎重である。
4)潜在過敏期(妊娠16週以降から分娩まで)
薬剤の投与によって奇形のような形態的異常は形成されない(例外:ワルファリン、ACE阻害薬等)。

多くの薬剤は胎盤を通過して胎児に移行する。胎児の発育の抑制、機能的発育への影響子宮内胎児死亡
の胎児毒性が問題となる。分娩直前では新生児の適応障害や薬剤離脱
障害、新生児死亡を起こすことがある。


●投薬時に必要な基本的な知識●
■妊娠週数の考え方
妊娠週数は月経周期28日型を基準に計算される。最終月経開始日を0週0日とし、排卵日が2週0日、40週0日が分娩予定日となる。
月数は0週0日から3週6日までが妊娠1カ月と数える。月経周期
は一定していない場合もあり、超音波断層法での胎児発育や基礎体温
から妊娠週数、予定日は修正される。


妊娠中に使用を避けるべき薬剤(主だったもの)

アミノグリコシド系抗菌薬 カナマイシン ストレプトマイシン  

非可逆性の第Ⅷ脳神経障害


テトラサイクリン系抗菌薬 ミノマイシン 

乳歯のエナメル質染色、永久歯冠の染色

クロラムフェニコール系抗菌薬 クロロマイセチン 

新生児の中毒(gray baby)


サルファ剤 ウロサイダル シノミン 

新生児の高ビリルビン血症


NSAlDs インダシン ロキソニン ボルタレン 

動脈管閉鎖、新生児
持続性肺高血圧症、
持続胎児循環症、羊
水過少、分娩遷延、
予定日超過


エトレチナート チガソン

乾癬や魚鱗癬などの皮膚角化異常症(角層が分厚く、硬く、あらくなり落屑などを生じる)は免疫異常などによっておこると考えられていて、ビタミンAによる皮膚や粘膜を正常に保つ作用によりこれらの疾患の皮膚症状の改善効果が確認されている

催奇形性に関する注意
本剤による催奇形性の症例報告があり、妊娠又は妊娠している可能性のある婦人には本剤は使用しない
妊娠する可能性のある婦人への投与では、投与中止後においても少なくとも2年間は避妊することとされている
男性への投与に関する注意
精子形成能に異常をおこす可能性があり男性が使用する場合、本剤の投与中及び投与後少なくとも6ヶ月は避妊することとされている

処方の原則は、「治療上の有益性が危険を上回ると判断される場合
にのみ投与すること」である。妊娠中の感染症は早産の原因となり得
る。また、妊娠中の高熱の持続は催奇形の危険性がある。


抗菌薬
抗菌薬を必要とする場合は、

ペニシリン系、

セフェム系、

マクロライド系が比較的安全に処方することができる。

処方は、歯性化膿性
炎の項に記載に準じる。
’ 症例

左下顎智歯周囲炎
患者:27歳女性
既往歴:妊娠4カ月。他の基礎疾患・
服薬なし。アレルギー歴なし
現症:体重51kg、
計画。妊娠中の投薬および抜歯の
リスク(腫脹、瘻痛、神経麻痒等)
について説明後、治療方針の同意
を得た。
経過:アモキシシリン(パセトシン)
初回250mg以後毎食後および就
寝前に服薬

①すべての女性は初経から閉経ま
で妊娠の可能性があると常に考える。
②生殖可能年齢の女性への薬物療
法は、妊婦にも安全な薬を使う。
③妊娠週数と胎児経過について確
認する。
④最終月経開始日から28日以上は
注意を要する。
⑤妊娠中の薬物療法の安全性につ
いて十分に説明し、妊婦の不安の
解消に努める。

第1選択薬
【アモキシシリン(パセトシン⑧、サワシリン⑧など)
4回(250mg×4)朝昼夕食後、
■第2選択薬【アジスロマイシン(ジスロマック⑧)
500mg1日1回朝食後3日間】


解熱消炎鎮痛薬
解熱消炎鎮痛薬はアセトアミノフェンを処方する。NSAlDsは処方
を避ける。アセトアミノフェンは妊娠中、周産期において最も安全に
処方できる解熱消炎鎮痛薬である。ただし、医薬品医療機器総合機構
から「妊娠後期の妊婦にアセトアミノフェンを投与すると、胎児に動
脈管収縮を起こす可能性がある」との指摘がある。
【アセトアミノフェン(力ロナール)1日3回朝昼夕食後 5日間】
歯痛、歯科治療後の瘻痛、他に適応がある。1回300~1,000mg
投与間隔は4~6時間以上空ける。年齢・症状で適宜軽減する。1日
総量4,000mgが限度。空腹時の投与を避ける。


●授乳中の薬物療法
ほとんどの薬剤は母乳中に移行するため、児は消化管を通して吸収
する。母乳育児中の母親が薬物の服用を必要とする場合があるが、「添
付文書」の使用上の注意には、「母乳へ移行するので授乳を中止させる
ことが望ましい」という記載がある薬が多い。授乳を中止した際に搾
乳しないと、乳腺炎になる可能性がある。実際には大部分の薬物は、
授乳中に投与しても、母乳への移行はわずかな量であり、有害ではな
いことが多い。できるだけ母乳育児を継続しながら、母親の薬物治療
が行われている。

歯科で用いる抗菌薬としては、

セフエム系、

ペニシリン系、

マクロライド系が用いられる。

解熱消炎鎮痛薬としては、

アセトアミノフエンがある。
なお、授乳婦への最も安全な薬の選択としては、①解熱消炎鎮痛薬
として、アスピリンよりもアセトアミノフェンを選ぶ。②抗菌薬とし
て、「添付文書」に乳汁中への移行は認められなかったと記載のある薬
剤を選ぶ。
また、乳児への薬剤の影響を最小限にするために、授乳直後か、ま
たは乳児が寝る直前に薬物を服用する等の配盧をする。


知っておきたい投薬・キーポイント
妊娠中の薬物療法

ペニシリン系薬、セフェム系薬
消炎鎮痛剤 カロナール

ニューキノロン系薬はすべての製剤で妊婦、妊娠している可能性
のある婦人には禁忌

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