心内膜炎の予防投与

感染性心内膜炎(Infectiveendocardaitis:lE)
感染性心内膜炎とは、弁膜や心内膜、大血管内膜に細菌集籏を含む
疵踵(vegetation)を形成し、菌血症血管塞栓、心障害など多彩な臨
床症状を呈する全身性敗血症性疾患である。発症には、弁膜疾患や先
天性心疾患に伴う異常血流の影響や、人工弁置換術後など異物の影響
で生じた非細菌性血栓性心内膜炎(nonbacterialthrombogenic
endocarditis:NBTE)が重要と考えられている。NBTEを有する例に
おいて、何らかの原因により一過性の菌血症が生じると、NBTEの部
位に菌が付着、増殖し、疵腫が形成されると考えられている。
IEの誘因として、抜歯、上気道・消化管や泌尿器・生殖器の疾患に
対する外科的処置が知られている。|E予防のために、AHA(American
HeartAssociation)では1955年以来改訂を加え、抗菌薬の予防投与
を推奨してきた。
わが国では日本循環器学会、日本心臓病学会、日本胸部外科学会、
日本小児循環器学会の合同研究班が2003年に感染性心内膜炎の予防
と治療に関するガイドライン(GuidelinesforthePreventionand
TreatmentoflnfectiveEndocarditis)(JCS2003)をまとめた。そ
の後、2007年4月に改訂されたAHAの新ガイドラインAHA2007!)
を考盧しつつ、2008年に改訂版を出している(JCS2008)2)。
感染性心内膜炎は、早期に診断し、適切な治療を行うことが重要で
ある。そこでJCS2008では、従来より-次予防に加えて、患者への
発熱時の早期対応に関する教育の重要性を強調してきた。これは、わ
が国では、感冒に対する抗菌薬投与が習慣化しており、発熱に対して
安易に抗菌薬を投与するという医療事情を踏まえたものである。そし
て抗菌薬の予防投与については、抜歯などの歯科的処置の前には従来
どおり実施することを推奨するが、消化器あるいは泌尿器科的手技に
際しては、感染性心内膜炎を引き起こす腸球菌が多剤耐性であること
が多いことを勘案し、感染性心内膜炎の予防のための抗菌薬投与は必
須ではないと改めた。さらに抗菌薬の予防投与の投与量では、わが国
の事情を勘案し、患者の体型などで主治医の裁量を大きく認めている。


●どのような患者が感染性心内膜炎になりやすいか
一般人より心内膜炎リスクが高い患者をハイリスク群とし、心疾患
のなかには、より感染性心内膜炎を起こしやすいもの(より重症化し
やすいハイリスク患者)がある。人工弁、心内膜炎の既往(他の心疾患
がない場合も含む)、複雑性チアノーゼ先天性心疾患、動脈肺動脈短
絡作成術後の患者がこれであり、これらの患者が感染性心内膜炎を起
こすと、合併症を起こしやすく死亡率も高い。
AHAではこの
表のclasslに該当するものについて予防が必要とした。しかし、
JCS2008では感染性心内膜炎になりやすい患者すべてに予防を推奨
している。これはわが国では、抗菌薬の予防投与を通じて、感染性心
内膜炎に対する注意を喚起するという副次的な意味をもっている。
あえて予防をする必要がないとされているものには、

①心房中隔欠損症(二次口型)、

②心室中隔欠損症・動脈管開存症・心房中隔欠損症
根治術後6カ月以上経過した残存短絡がないもの、

③冠動脈バイパス術後、

④逆流のない僧帽弁逸脱、

⑤生理的あるいは機能的心雑音、

⑥弁機能不全を伴わない川崎病の既往、

⑦弁機能不全を伴わないリウマチ熱の既往がある。


●どのような手技・処置がlEのリスクとなるか
菌血症は、毎日の歯磨きや咀爵など日常活動時によく起こる。
しかし、感染性心内膜炎を引き起こすためには、ある一定時間、感染
性心内膜炎を来し得る病原微生物の菌血症が持続することが必要であ
る。そのような菌血症を来す手技についての認識が必要である。十分
に消毒した皮膚を切開して行う侵襲的処置が、菌血症を誘発する可能
性は低い。しかし、抗菌薬の投与を支持するデータはないものの、多
くの施設では侵襄的処置の際には、抗菌薬の予防投与を実施している。
歯の衛生状態が不良であったり、歯周や歯根尖周囲に感染症のある
場合、歯科手技・処置をしなくても菌血症が発症することがある。口
腔内の炎症(歯肉炎)は、病原微生物が血液に侵入する状態を作り出す。

歯科処置
■抜歯
■歯周外科
■スケーリング・ルートプレーニング
■歯面清掃
歯内療法

したがって、治療を行う前にこの炎症を抑えておくことは重要である。



●予防法

米国のガイドラインの標準的予防法は、アモキシシリンの単回経□
投与である。アモキシシリン、アンピシリン、ペニシリンのα型溶
血性連鎖球菌に対する効果は同等であるがアモキシシリ
ンが消化管からの吸収がより良好で、より高い血中濃度が達成され、
より長く維持される。このためアモキシシリンが推奨される。
成人用量はアモキシシリン(小児用量は50mg/kgで成人用量を
超えない用量)で、処置予定の1時間前に投与する。
健常人30名の単回投与の血中濃度を調べた米国の研究は、この投
与法により、投与後1~6時間まで薬剤の血中濃度が、感染性心内膜
炎を引き起こすほとんどの口腔内連鎖球菌の最小発育阻止濃度の数倍
以上に維持されることを示した。処置が6時間以内に終了すれば、追
加投与の必要はない。


●抗菌薬の予防投与
●具体的な対応はどうするか

①lEを発症しやすい患者群には抗菌薬の予防投与を必ず行う。

②人工弁置換術後、心内膜炎の既往のある患者に対しては、経静脈的
に抗菌薬を投与する。病院歯科・口腔外科へ依頼してもよい。

③投与後4~6時間にアモキシシリンあるいはバカンピシリン500mg
を必要に応じて追加投与する。

④経口薬で予防投与を行う際には、可能なかぎりAHAのガイドライ
ンに従う投与量をめざすが、副現象、個体差などに注意する。十分な
抗菌薬の投与舅が確保できない場合は、4~6時間以内に同量の抗菌
薬の再投与も考盧する。
⑤術後数週間は、十分に経過を観察する。


知っておきたい投薬・キーポイント
IE発症のリスクが特に高い人工弁、心内膜炎の既往のある患者に対する投薬


経口可能
アモキシシリン(サワシリン)
1回1,000~1,500,㎎を処置1時間前に投与
小児:50㎎/kgを処置1時間前に投与


ペニシリンアレルギーを有する場合
クリンダマイシン(ダラシン)600mgを処置1時間前に投与
小児:クラリスロマイシン(クラリス)15mg/kgを処置1時間
前に投与)


経口不可能
アンピシリン(ビクシリン)
1gを処置前30分以内に筋注あるいは静注
小児:50mg/kgを処置前30分以内に筋注あるいは静注


ペニシリンアレルギーを有する場合
クリンダマイシン(ダラシン)600mgを処置前30分以内に静注
小児:20mg/kgを処置前30分以内に静注

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