歯が痛いといっていますが齪蝕が見当たりません.
それは歯髄炎でも根尖性歯周炎でもないかもしれません.患者さんの咬合状
態を確認しましたか?
臨床のポイント
患者さんがあなたの歯科医院に受診するときの主訴は「腫れた」「噛めない」「外れた」「入
れ歯が割れた」など様々ですね.ただ,主訴の多くは「歯が痛い」ことであることが多いので
はないでしょうか?歯が痛くなると,患者さんは「きっとむし歯に違いない」と思う場合
が多いようです.そんなとき,あなたも患者さんにつられてすぐに「齪蝕かも?」と思ってし
まっていませんか?
1)「歯が痛い」=「齪蝕」「歯髄炎」「根尖性歯周炎」の先入観を捨てる
例えば,歯髄炎や根尖性歯周炎では,
「急性」であれば自発痛があり‘
「慢性」では誘発痛があるものの自発痛はありません.
そのせいか,なんとなく「急性=とても揃い」,
「慢性=そこまでではない」というような感覚を持っていませんか?では齪蝕はどうでしょうか?
齪蝕の場合,急性か慢性かの違いは単に進行が速いか遅いかであって,
痛みの有無は全く関係ありません.
医療面接で患者さんにどのような痛みで,どのくらい痛いかを聞いても,その表現は患者
さんによってまちまちですし,痛いことをわかってもらうために大げさな表現をする場合も
あります.
エックス線で見ても歯髄炎を引き起こすような深在性齪蝕も根尖病変も見当たら
ないのに患者さんは痛みを訴える.こんな時,若手歯科医師にとっては,患者さんに何が起
こっているのかわからないのではないでしょうか?
2)痛い歯だけを診ても診断できない場合がある
若手歯科医師が犯しがちなのが‘痛い歯だけを,根掘り葉掘り診てしまうことです.
まずは齪蝕など怪しい部分がないかを視診し,
次に歯髄の状態を調べるべくエアーをかけ.歯髄電気診を行う.
次に打診を行い,周囲歯に比べて打診時の瘤痛が強いことを確認する.
さらにはエックス線で歯の欠損や根尖の透過像を目を凝らして探す.
そして当該歯が無髄歯で根尖にわずかでも透過像があれば根尖病変だと断定してしまうのです.
そして根管治療をしようと思って歯質を削り始めたら実は生涌歯のため「痛い」と言われ,
おかしいな,と思いながらもせっかく苦労して装着したラバーダムを仕方なく外し,局所麻酔を行い再び削って何とか髄室開拡ができて,根管内に手をつけると今度は根尖が穿通できない.
歯が痛い理由は,咬合が原因になっている場合がある
1)早期接触の有無をチェックしましたか?
「歯が痛い」と訴える患者さんに多く認められるのは早期接触です.
その場合,痛みにつながるきっかけは就寝時のブラキシズム(クレンチングやグラインデイング)であることが多いものと思われます.したがって,
患者を仰臥位にしてリラックスさせた後軽くタツピングさせて患歯に痛みがないか,
最初に特定の歯だけがぶつからないかを患者に聞きながらチェックします.
もし,この状態で痛みを訴えたら,早期接触による過重負担が痛みの原因である可能性が非常に高いと考えましょう.
次に,タッピングで早期接触した位置でいったん静止させ,その位置からグッと食いしばるよう指示します.
そうすると,下顎位が前方や前側方に偏位することがあります.もしタッピングした顎位とクレンチングした顎位にズレがあるなら,
就寝時にある特定の歯だけに強いストレスがかかっている可能性が非常に高い
と診るべきです.
上顎第二大臼歯の頬側傾斜.舌側咬頭が大きく張り出している場合,
非作業側で対合歯と強く干渉し,下顎に咬合痛が生じていた.
2)側方運動時の干渉はありませんか?
例えば,上下の第二大臼歯に捕みを訴える場合には,早期接触の有無ももちろんですが,
以下の2点をチェックしてほしいと思います.
(1)上顎7番の歯軸が他と比較してり頬側傾斜していないか?
(2)下顎7番の遠心頬側咬頭が咬耗していないか?
もし,上顎7番の歯軸が頬側傾斜していたら,舌側咬頭だけが下方に張り出した状態になるはずです.
この場合,側方運動を行うと非作業側の上顎7番舌側咬頭は下顎7番の中央小窩から遠心咬頭内斜而を滑走していきます.
つまり,歯軸に対して側方に強く揺さぶられることになってしまいます.また,
そのような場合には,側方運動時に滑走する下顎7番遠心咬頭内斜面が大きく咬耗してしまっていることが多いので,慣れてくれば視診だけでも予想がつく場合もあります.
3)前方運動時の干渉はありませんか?
急患でお越しになる患者さんの患歯で意外にも多いのが上顎側切歯の痛みや不調です.こ
の時に診るべきポイントは上顎と下顎の正中のズレです.
例えば上顎の正中に対して下顎が
左方にずれていたら,前方運動時に上顎右側側切歯は下顎右側犬歯と接触することになりま
す.
このことで,上顎右側側切歯は強い曲げ応力が生じますので,痛みが生じたり装着され
ているクラウンが脱落したりしやすい環境になってしまいます.
4)そのほかに参考にすべきポイントは?
エックス線で根尖にばかり注目していると,先入観で根尖透過像に見えてしまうかもしれませんが,
実は一歩引いてみてみると歯根膜腔が拡大している,というような読像ミスも,
若手歯科医師にありがちな事項.
そのほかにも,「いつ痛みが強いか」を聞いてみるのも原因を追究するのに参考となる場合が多くあります.
就寝時の拍動痛であれば感染由来かもしれませんが,
起床時に痛みを自覚した場合であれば,それは就寝時のブラキシズムが原因
である可能性が高いかもしれません
そのほかにもPCを用いた仕事をしている方などでは,仕事中に食いしばり癖がある場合もあり,その場合には日中や夕方くらいから痛みが強くなる,と訴えます.したがって,
痛みが強くなる時間帯を必ず聞いておきましょう.
③実は,一番難しいのが患者さんに理解してもらうこと
われわれ歯科医師は学生時代の6年間で歯科医学を学び,正しい歯列や正しい咬合関係に
関する基礎知識がありますので,異常さえ見抜くことができれば患歯に何が起こっているの
かを理解することが可能です,しかし,患者さん自身は自分の歯列や咬合関係と長年付き
合ってきたので,自分の何がどうおかしいのかを理解するのが難しいかもしれません.
しかも,患者さんは「歯が痛い=むし歯」という解釈モデルを持っている場合が多いので.
むし歯ではなく咬合由来で痛みが生じていると説明されても,なかなか理解することができませ
ん.
また,痛みを今すぐ止めて欲しくて歯科医院に来ているので,咬合調整だけで応急処置
を終了されてしまうと不安に駆られてしまいます.
患者さんに現状を理解してもらうためには.単に言葉で説明するだけでは不十分です.よりしっかりと現状を理解させるためには,
(1)歯列模型などの視覚素材を併用して顎運動のメカニズムを説明し,偏心運動時の正常
歯列における咬合接触と患者さんの咬合接触状態の相違点を説明する.
(2)早期接触部位や側方連動時の干渉部位に咬合紙を介在させて引っ張り,紙がちぎれて
しまうことを体験させる.
などの工夫を凝らした説明を行うことで不安を軽減するとともに,積極的な切削介入よりま
ずは安静が必要であることを理解していただく
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